最先端・次世代研究開発支援プログラム「グローバルマルチスケールモデルによる無機-有機-地圏環境の強連成評価」

はじめに

1. 健全な文明社会を子々孫々の代まで維持するために

地球上の生命がその生を営む舞台となっている地圏(地球表面部の土壌、地盤、地下水など)の環境を健全に維持することは、私たち人間が安全・安心に暮らすためだけではなく、生物多様性や生態系を守るうえで必要不可欠です。しかし近年、文明生活がもたらす様々な排出物が汚染源となり、この地圏環境に大きな影響を与えています。人間活動に由来する汚染源が地圏環境にもたらす影響を評価・予測・制御し、地圏環境を守る方策を確立することは、健全な文明社会を子々孫々の代まで維持するために現在の私たちに与えられた課題と言えます。

2. グローバルマルチスケール統合解析システムの確立

この課題に取り組むための基盤技術となるのが、私たちの研究グループが今独自に開発を進めている「グローバルマルチスケール統合解析システム」です(図1)。グローバルマルチスケール統合解析システムとは、対象となる構造物の特性や振る舞いを、微視的スケールから巨視的スケールまでの複数のスケールにおける種々の異なる過程を関連(これを「連成」と呼びます)させて解析し、時々刻々変化する現象を予測する手法です。

この壮大なグローバルマルチスケール統合解析システムを構築するには、応用力学、熱力学、固体科学、環境学、破壊力学、化学反応プロセス、伝熱工学、流体力学などの無機物を扱う多岐にわたる物理・工学関連分野に加えて、微生物生化学や有機物分解反応などの有機物を扱う生化学分野、さらには社会基盤学・都市工学をも取り込み、広範囲の専門分野を密接に結びつける分野横断的(学際的)な研究体制が必要となります。この点において、私たちの研究グループの所属する機関では、セメント/コンクリート構造体を主対象としてすでにこのような分野横断的研究を可能にし、かつそれを継続することができるような研究体制を確立しています。


図1:グローバルマルチスケール統合解析システム

3. 「グローバルマルチスケール統合解析システム」とセメント/コンクリート構造体

このセメント/コンクリート構造体は、文明社会インフラの土台となっているビル・橋・高架・トンネル・ダム・堤防・地下街などの土木構築物の骨格の役割をはたしています。セメントは水と化学的に結びつくこと(水和)で硬化する粉体(水硬材料)で、このセメントに砂・石などの他の物質をまぜ、水と反応させることによって化学的に安定して堅固なコンクリート構造体ができあがります。特に固化時に鉄筋を組み込めば、物理的にもさらに頑健な鉄筋コンクリートになります。それゆえ、ビルや橋などを始めとする頑健性が要求されるコンクリート構造体にはこの鉄筋コンクリートが使用されているのです。

しかしながら、化学的に安定し物理的にも頑健な鉄筋コンクリート構造体と言えども、永久にその性能を維持することができるわけではありません。長期間にわたって周辺環境から受ける物理的・化学的要因によって、微視的スケールにおける変性が発生し、巨視的スケールでの劣化を避けることができないのが現実です(図2)。コンクリート構造体に対するこのような変性・劣化のメカニズムをマルチスケール統合解析システムによって解明し、数百年オーダーの長期間から数万年の超長期間にわたって本来の安定・頑健な性能を維持するための要因を明確にすることを目指します。

図2:鉄筋コンクリート構造体の劣化

4. 「グローバルマルチスケール統合解析システム」の応用

さらに、微生物生化学・有機物分解モデルを統合しているこのグローバルマルチスケール統合解析システムを応用すれば、微生物・菌類・植物、あるいはそれらの酵素を用いて有害物質で汚染された自然環境から有害物質を取り除き浄化するバイオレメディエーションの実施と検証をおこなうことも可能になります。これにより、無機(物理化学反応)と有機(微生物作用)の密接な相互作用を含む多様な現象を統一的に取り扱うことが初めて可能になります。

5. まとめ

このように、私たちの研究グループはグローバルマルチスケール統合解析システムをプロジェクトの核とし、無機と有機の垣根を取り払い、地圏環境の保全および改善に大きく貢献することを目指します(図3)。


図3:無機と有機の垣根を取り払い地圏環境の保全・改善に貢献するグローバルマルチスケール統合解析システム