3       解析と工学上の応用

 ナノからマクロへ連携する非線形解析技術は、コンクリート構造の寿命推定や劣化予測などのライフスパンシミュレーションに応用することができる。構造力学問題の拡張であるから、当然ながら数値解を得るためには、初期条件と境界条件を設定して、解析を実行する。初期条件を設定する時間は、コンクリートが型枠内に打設された時とする。ここで、コンクリートの配合、結合材の化学組成、初期温度、構造形状・寸法を入力する。以後のコンクリートの物性(例えば、透水係数、空隙率、吸脱着履歴特性、剛性、強度、塩化物イオン拡散係数等)は、材料試験から求めるのではなく、あくまで計算される諸量である。

 これらの諸量を用いて支配方程式を解き、更に物性変化が計算される(図-4,5)。自己完結的な評価から、最終的には部材・構造の応答が求まることになる。以下に幾つかの簡単な事例を紹介する。いずれも構造工学と材料工学を結びつけたものである。

 

図-5 材料品質モデルと支配方程式の一体化 [2]
(複数の支配方程式のうち、系内の気相・液相水分を例に)

 

 図-6は曲げを受けてスパン中央部近傍にひび割れが発生し、剛性が低下した段階で、塩分と乾燥に曝されたRC梁を模擬している[1][3]。塩化物イオンは曲げひび割れを受けた領域で、より深く浸透しているのが分かる。塩化物イオンは、乾燥による凝縮水移動に輸送される成分と、液状水の存在する連結空隙内を移動する分子拡散成分と、移動途中でセメント硬化体表面に物理化学的に固定される成分で決まる。ひび割れは、移動抵抗性を高める作用として考慮される。ひび割れが移動抵抗性に及ぼす影響度は、ひび割れを含む要素の平均引張ひずみの関数で簡単に与えており、定量的に個々のモデル化をつめていくことが不可欠である。

 図-7と図-8は乾燥を受けるコンクリートスラブの損傷と水分の移動、ならびに乾湿繰返しを受けるスラブの損傷と塩化物イオンの侵入について、シミュレーションした結果である[1][3]。

 乾燥によって水分が逸散するとともに、凝縮水の圧力が低下し、セメントコンクリートの体積が減少する。これが内部応力を発生させ、乾燥収縮ひび割れが発生する。このとき、コンクリートの引張軟化が発生するが、強度と破壊エネルギーはその時点の水和度と細孔空隙量から計算される。引張ひずみによって、水分逸散が幾分加速され、乾燥領域はより深く進展するシミュレーションを図-7は与えている。

 乾湿繰り返しを受けながら、塩分が浸透する複合を解析したものが図-8である。乾燥段階で損傷を受けて水分移動が変化するのは、図-7と同様である。乾燥段階では、水分は水蒸気の形態で専ら移動するのに対して、湿潤の場合には、液状水がバルクで移動し、それに溶解している塩化物イオンは多量に内部に輸送されることになる。乾燥段階では、濃度拡散と水のバルク移動が相反する方向を持ち、表面部で濃縮を繰り返す。この際にコンクリート側にひび割れが入って移動抵抗が変化する、複雑な機構を呈する。

図-6 曲げと塩化物飛来環境にあるRC梁の計算例 [1][3]

図-7 乾燥収縮による微細ひび割れと水分逸散 [1][3]

図-8 乾湿繰返しを受けるスラブの損傷と塩分浸透 [1][3]

 

 物質の移動と構造損傷を連携させる上で、損傷の異方性を的確に表現しておくことが肝要である。物質移動に関しては、ひび割れが最も関連の深い構造損傷である。大まかに言えば、ひび割れの位置と方向に関する情報を、非回復な材料履歴として記憶媒体中に保存し、以後の応力伝達を規定する厳密な方法と、簡略化した方法が構造解析に用いられている[6]。後者には、ひび割れ損傷の方向履歴をメモリーに保有しないで、主ひずみの方向に応じてひび割れ方向を可変とする簡略化法や、あらゆる方向に相互独立の微視的なひび割れが無数に入る、とする方法などがある。

 耐荷力解析などでは、ひび割れ損傷の扱い方法の別で、大きな差が現れることは少ない。しかし、損傷後の物質移動抵抗の異方性は、ひび割れの方向性と開きに大きく依存していることから、材料物理化学との連携を前提とするならば、空間的に現れるひび割れの方向性を特定できるように構成則を整備する[7]のが、将来の一般性の観点から良いと考えている(図-9)。

 図-10は交番ねじりと曲げ/せん断を加えたRC柱の多方向固定ひび割れモデルによる3次元解析の例を示したものである[8]。部材の応答結果が得られると同時に、内部の損傷の位置と配向を得ることができる。繰り返し載荷を受ける場合は、損傷領域には多方向に交差するひび割れ面が発生する。図-11は水平2方向に曲げ/せん断を受ける柱部材の立体交差ひび割れ面状況を図示したものである[9]。

 もともとは、構造工学上の知見と材料科学の情報を統合した、コンクリート工学の知識体系を組んでみたいという、漠とした動機から始まったものである。底流では依然、学術の帰納と演繹と興味の赴くままに任せているが、工学応用の道筋を、近年の性能照査型設計や維持管理に貢献させる努力を始めたところである。90近い支配方程式群の連携は、これまで意識していなかった複合作用を定量的に突きつけてくる。単に計算上の事だけであろうと思いつつ実験で確認し、初めてその存在を知る、ということを最近、経験する。構造コンクリートはシステムとして、極めて巨大と言える。

 

図-9. 多方向固定ひび割れモデルの概要 [7][9]

図-10. 多方向ひび割れを受ける構造損傷と応答 [8]

 

図-11. 損傷の方向性と分布 [9]

 
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