少人数セミナーレポート

担当教官 石田哲也助教授

 持続可能な社会システムを考える
〜“ローマ人の物語”を読んで〜

社会基盤システムコース 250182D 濱元 優



 何故、ローマ”だけ”が数百年にわたり覇権国家となりえたのか?を考えると同時に、持続可能な社会をシステム面から考えてみる。
 古代の知識人であるディオニッソス、ポリビウス、プルタルコスの3人はそれぞれローマの興隆の要因を「宗教観」「政治システム」「他民族同化の性向」としているが、“ローマ人の物語”の著者である塩野七生氏同様自分も賛成である。以下はこの3点について述べていきたいと思う。

 ・宗教観、他民族同化の性向について
 この二つは切り離せるものではないと思う。なぜならローマ人はその民族性もさることながら、多神教であったからこそあれほど他民族に対して寛容で同化に抵抗を感じないで住んだからだと思うからである。一神教を非難し、多神教を支持しているわけではないが、近代の戦争や紛争で宗教が原因となっているものが多いのも否定できない事実である。この宗教論というのは現代の世界事情を考える上で重要なファクターであると思う。宗教論はひとまず置いておいて、他者に寛容である(受け入れる)というのは国家を大きく発展させるのにとって非常に重要である。それはローマの例でも、近代アメリカの発展を見ても明白であろう。ただしアメリカの場合は”資本主義である”という枠組みはあったが。まずもって不必要な争いがなくなるし、他の文化の良い点を吸収できることになる。また単純に人口の増加、古代では戦闘要員の増加に繋がるであろう。ここで忘れてはならないことは、他者を受け入れるということは皆が画一的なるのではなくそれぞれの個性を残しつつ共存していくこと、ということである。現代はグローバル化が叫ばれているがこの点においてはローマに後れを取っていると感じている。

 ・政治システムについて
 古代における政治体制は大きく分けて王政・貴族政・民主政の三つ大分できると考える。ただしローマは独自の共和政というシステムを作り出しているが。まずは三つの政治体制の特徴を述べたい。持続可能なシステムを考えるにあたって現在あるシステムについて考察するのもやぶさかではないであろう。
 王政・・・王政は良くも悪くも絶対権力者一人の力量に大きく作用されるのが大きな特徴である。これの利点はフットワークが軽く、施策をすぐに実行することができることである。これは国家の成立や大きな転換期、または非常事態時には非常に有効でありローマも国家成立時は王政であり、共和政になってからも非常時には独裁官を擁立することで王政の利点を生かしている。現代でも大統領権限などがあるようにこの利点は広く認知されているであろう。しかし権力が一人に集まるためにリスクが大きい。常に有能な人物が王になるわけではなく、多くの場合王政はチェック機構を持たないがために有能でない人物が王に就いたときには社会は甚大な害を被る。また王政にはつき物の後継者争いも問題である。
 貴族政・・・王政との違いは権力把握者の数以外にはあまり変わりなく、それゆえ王政よりもリスクが少ない。王政の利点を多少差し引いているにしても引き継ぎ、欠点を少なくしているという点で現代でも民主政と謳われてはいるが内実は貴族政に近い政体が多いのではないだろうか。一方、この政体の欠点は政治階層と一般市民の隔離が挙げられると思う。つまり民意、世論が反映されにくく、階級差別がおきやすい点である。現在の日本の国民の政治への無関心がいい例になると思う。
 民主政・・・アテネの民主政は現在でも政治体制の理想と書いてある教科書が多いのではないだろうか。国民が政治に参加し民意が確実に反映される素晴らしい政体であるというのである。確かにその通りであるが、民主政は政策の決定までに非常に時間がかかるのが一般的であるという欠点がある。これは特に非常時には致命的な欠点となり得る。また国民全員が政治に参加するのであるから、国民の数を限定せざるを得ない。古代ギリシアのアテネやスパルタのような都市国家ですら国民の数を増やし過ぎないように一種鎖国のようなことをしている。国家が大きくなるにつれて国民が増え、国土が広がるのだから民主政には規模の限界がある。また国民全員が高度な政治能力を持っているわけではないので衆愚制になってしまう場合が多いと思う。
 ローマは以上に挙げた三つの政体の利点を上手く融合することに成功した共和制というシステムを確立したことが覇権国家となり得た一因であろう。そして自分がこれより重要だと感じるのがローマのシステムの柔軟性である。国家成立から王政→共和政→帝政と政体が変遷したことだけに限らずリキニウス法やホルテンシウス法、ユリウス市民権法などに代表される法律、護民官の設立に見られるような新官職の設立や定員の増加など共和政時代だけでも枚挙に暇がないほど体制内の変革が行われている。例え必要に迫られたからといえども、また改革は混乱を招くとはいえども、変化は必要なものであろうからである。というのは改革をしなくては現政体で動脈硬化現象が起きてしまうのである。しかし人間上手くいっていたことを帰ることほど難しいことはないので変革は難しいのである。
結論としては”持続可能なシステム”を一つに定めるのは難しい、むしろ不可能なことではないかと思う。塩野氏がいうようにシステムというのは必ずプラス面とマイナス面をもつのだから、持続可能な社会とは政体・システムを定めるのではなく現在のシステムに避けようがない不都合が生じたときに思い切って変化させられるような柔軟性を持たしておくこと、また変革を起こせるような国民性を持たすことだと自分は考える。あの完璧に見えたローマの共和政ですら500年を経たとしても帝政に移行したのだから。

 ・インフラストラクチャについて
 ローマの興隆の要因として前述の三人は挙げていないが、インフラストラクチャの充実を忘れるわけにはいかないと思う。古代の文明でローマほどインフラを重要視した民族はいないと言ってよいだろう。ハード面として街道、橋、港、公衆浴場、水道などが代表例に挙げられるが、これらはいずれもローマがはじめて作ったものではない。ギリシアやトロイにだって道はあったはずである。ではローマの特徴は何なのか?それはネットワーク化、そしてヴィジョンを持った敷設と不断のメンテナンスによる長期的利用を実現したことであろう。特に街道においてはそのネットワーク性といい質といい凄いの一言に尽きる。それによってあれほど広大な帝国内の隅々までローマ化が行き渡り、経済・生活の活性化に繋がったと言える。また水道、公衆浴場の広がりによって公衆衛生は保たれ大きな伝染病などの発生防止に役立っている。ソフト面でもローマは安全保障、税制、医療、教育、郵便、通貨などがシステム化され非常に充実している。ここで、教育、通貨などで顕著なのだが、「他民族同化の性向」が生きているのは特筆すべきことであると思う。自国のものを押し付けることなく便利と知ればギリシア語やギリシアの通貨を使うことをまったく躊躇しない。現代の国でこれを実践できる国家はどれほどあるだろう。上記のようにインフラの充実は国家にとって非常に重要なものと思う。日本も戦後しばらくは国家主体でインフラの充実を奨励してきたが、近年は公共事業不要の世論が高まっているのは残念なことである。今後は公共事業に対する意識を再確認し、特にメンテナンスの重要性をしっかりと念頭において再開発を行って欲しいものだ。
 以上が自分の思う持続可能な社会システムに必要なファクターである。ここで再度重要なポイントを挙げておくと、開放性、柔軟性、インフラの充実、といったところであろうか。

 続いて優れたリーダー・指導者について考察する。
 著書に描かれている人物のなかで特に優れたリーダーを挙げると、スキピオ・カエサル・アウグストス、そしてアッピウス・クラウディウスとなるであろうか。ペリクレスも入れたいところであるが何分資料が少なすぎる。他にも優れた指導者はいるが、ハンニバルやアレクサンドロスは戦時においては非常に優れたリーダーであるが平時では先述の4人に劣る。スッラは後で述べるが、他の資質はほとんど持っていたのに先見性だけは持ち合わせなかったといえるだろう。4人を参考に優れた指導者に必要な資質を挙げてみる。
・ 視野の広さ・・・指導者として携わることは多岐に及び、また見えることだけでなく他の人には見えないことまで考慮して行動しなければならない。
・ 現状認識力・・・自分が、属す団体が今どのような状況なのかのしっかり把握することはどんなときでも重要である。
・ 先見性・・・現状把握した上で将来に対して正しいヴィジョンを持つ必要がある。これと現状認識力には情報収集能力とその取捨選択能力が必要になるのは当然である。
・ 決断力及び行動力・・・言うまでもなくこれがないと何も出来ない。またこれを持たない人には誰もついてこないであろう。
・ 人心掌握力・・・一人で出来ることは限られている。部下に見放されるようではいけない上に民衆を味方につけなければならないし現存勢力を敵に回してもいけない。また適材を適所に配すことは支配する規模が大きくなれば非常に重要になる。この能力は意外に重要であると思う。人心掌握には説得する方法もあるし、アウグストスのように騙し続けるという方法もある。また技術も必要であるが人を惹きつける人間性も必要である。

 カエサルはこれらの資質を完璧に持っていたまさに理想のリーダーであったと思う。またクラディウスはインフラにおける最初のリーダーといえるであろう。現代は古代に比べて戦争に関して求められる資質の比率が減少したとはいえ、指導者に求められる資質はあまり変わらないのではないかと思う。著書に出てくるローマ人たちは千差万別ではあるが魅力的な指導者が数多登場している、現代の日本の指導者たちがこれらの資質を持っているか否かは疑問に思うところである。ローマ人たちのように私財をなげうってまで国家に奉仕しなければならないとは思わないが・・・

〜感想〜
 以上が自分の考える持続可能な社会システム及び理想のリーダー像である。この2点に絞って述べたために著書“ローマ人の物語”を読んで思ったことの一部しか書けなかったのが残念である。ローマが興隆した理由は漠然とだが理解できてきたが、結局何故ローマ“だけ”がこのような覇権国家と成りえたかという質問に対しては答えを出せていない。大きな要因として「民族性」があるとは思うがそれだけではないだろう。この本を読んでから民族性というものが自分の思っていたよりもはるかに影響力を持つものだということを知った。古代の国家の盛衰に始まり、現代の紛争にも繋がることである。そして宗教も同じ性質を持つと思う。今も残るこの二つに対する問題に2000年以上前のローマ人は一つの解答を与えてくれていると思う。ローマ人は他の文明・宗教に対し「クレメンティア」で」望んでいた。現代でもこれを真似できないものかと思ってしまう。ローマは2000年も前にこの姿勢であれほど広大な地域に長期間に渡って「パクス」を確立させたのだから。
 著書はこのセミナーの存在を知る前に興味を持ち読んでいたので、このセミナーの案内を見たときに「これしかない」と思った。実際やってきて、自分なりに著書に対して意見は持っていたので自分以外の人の意見を聞くのは大変面白かった。それに著書によってインフラに対する興味が高まったのであるからこの本に巡り会ってよかったと思っている。今後はローマ人が持っていたようなインフラに対する意識を現代でも共有できる社会を目指していければ幸いと思う。また土木工学科はそれが出来る学科だと思っている。

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